ネットワークは地域の「経営」資源
元気をなくし、殺伐とした地域社会、停滞した地場経済、これは長いデフレのトンネルのなかにあるかにみえる各地の地域社会の実情です。これに取り組み、地域社会の紐帯を取り戻し、もう一度繁栄する地域経済を実現していく手法として地域通貨が注目されてきました。それは地域の温かい支え合いを取り戻し、地域社会のニーズに応えるネットワークを構築しながら、地域コミュニティの新たな可能性を探りながら、地域の振興、村興し。まちづくりへ展望を広げてきました。
通貨といいますが地域で支え合い、住民が交流し合い、取引を活発にすることを通して地域社会の再生を目指す交易システムが地域通貨です。誰であれ自発的に着手し、始めることができます。じぶんを生養してくれる地域社会にはなにか貢献することでじぶんの生きる地域のなかで充実感をえたいと考えているひとは多いでしょう。
しかし多くの場所で旧来の住民組織が機能不全に陥っているのも事実です。地域に向けた積極的な姿勢もつい引っ込みがちになります。そうしてプライベートに閉じこもることになってしまいます。
そうした姿勢がじぶんばかりか地域社会をいっそうさびしいものにしているでしょう。地域通貨はこれまでの地域社会に新しい取り組みとして付け加えられるかたちで開始することができますから、始めるのは容易です。仕組みによっては費用もほとんどかかりません。
また地域社会に生きる住民同士がはじめるわけですから、上下の隔てはありません。対等な人間関係が与える心地よさ、楽しさが体験でき、それが地域の再生につながっていく良さが見受けられます。
地域には、眠れる資源がたくさんあります。ひとのもつ能力もその一つです。しかしなかなかその能力を発揮できる場をみつけるのは困難です。単にその情報が周知せず、うまいぐあいに需要に出会わない場合もあるでしょう。しかし、需要する側はいろいろなニーズがあっても金銭が間にたつと、お金はだれにとっても大事なものですから、ついじぶんの欲求を抑制してしまいがちです。
古代中国では、世の中に隠れ、埋もれている人を幽滞といいました。幽滞非銭不抜(幽滞も銭にあらざれば抜けず)[晋書列伝]といいますが、民間に隠れている人やその能力、資源が銭にあらずとも抜ける、つまり世の中にだすことができる仕組みができるとすればすばらしいことです。
地域通貨はお金を間に立てると出にくくなる欲求を表に出し、それによってそれまで活用されず眠っていた資源を世の中に出し、実あるものとする仕掛けといえるでしょう。そこにあるのは地域通貨という新しいネットワークが生まれる地域にとっては、そのネットワーク自体が資産だという考えです。
地域通貨には、地域社会の実情やニーズに応じてさまざまなシステムがあります。例えば高齢化の進むなかで福祉のニーズに応え、温かい支え合いのある地域社会をつくろうとする「タイムダラー」などから、地域経済の振興を目的とした地域通貨までさまざまです。そうしたメニューのなかから自分たちが暮らす地域社会の実状にあった取組はなにがふさわしいか住民自身が主体的に考え、取り組んでいくことができます。
地域通貨で自立した循環型の地域経済を
地域通貨は、一言でいえば、ヒト、モノ、カネ、情報を地域内で循環させ、自立した循環型の地域経済モデルを探求し、地域振興、地域活性化を計る手法です。円貨だけでは、「カネ」に色はついていないといわれるように、その流れは方向定まらず、どこに流れていくかわかりません。つまり域外資本のお店でなにかを購入すれば、代金の円は域外に流出します。
それは地域からそれだけの円貨が流れでることを意味します。地域通貨は通常、円貨と併用されますが、地域でしか使えない地域通貨と併用されると、いわば不自由な地域通貨が自由な円貨を不自由にし域内で循環させてしまう効果があります。域内で何度も使われる円貨は使われるほどに域内で購買力をふくらませていきます。地域通貨は円貨がなるたけ地域内で循環するように方向を与えようとする仕掛けの一つであるともいえます。
一般に、モノ、カネ、情報がどのように取引されるかは人がどのような取引関係をもつかによって決まります。円貨のみを仲立ちにし、市場的に取引することが支配的ですが、お互い様の気持ちがつくる地域通貨のような互酬的な交換のあり方は市場的な取引を包摂する形でより広い範囲で成立しますから、モノやサービスが非市場的に取引されることもあります。地域通貨は地域社会が地域のなかでしか流通しない「通貨」を活用することで、その地域にある人の能力や情報、資源などを掘り起こし、ネットワーク化しながら、域内循環を活発化させることで自立性の高い地域を作ろうとするものです。
活性化の点からみた場合、地域通貨は旧来のハード先行型の地域活性化ではありません。ソフト面での活性化策であるため、財政の自由度の低下した行政もその活用は関心事ですし、また、地場経済の停滞のなかで元気のない商工業者にとっても新たな活路になるのではと期待を集めています。
これまでの円貨に頼った地域振興策では、円貨がより大きな収益機会を求めて、容易に地域外に流出してしまうため、全国規模の業者に地場の事業者は対抗できず、それはまた地域に生活の基盤をもつ消費者などを含め地域社会にとってもプラスになりにくい面がありました。
そこで、地域限定の通貨を併用する複数通貨建ての取引システムを導入し、円貨を地域通貨に「吸着」させるかたちでの取引を仕組むことで、地域通貨ばかりか円貨が地域で循環する仕組みをつくろうとする試みが地域通貨のなかで出てくることになります。円貨は地域通貨と併用されると地域社会で何度も繰り返し循環することで、地域の購買力を高めていきます。地域通貨の隠れた、真の効果は円貨を地域で循環させることにあるともいえるでしょう。
地域通貨のかたち
地域通貨には多種の形態がありますが、どのシステムでも共通しているのは会員制のシステムとして運営される点です。もちろん、行政が広範囲に不特定多数を対象に試みる地域通貨も歴史上存在しましたし、これから真剣に検討されていくでしょう。しかしこれまでのところは、会員制で取り組まれています。
タイプは大きくわけて紙券型と口座変動型がありますが、電子化も始まっています。後者は、通常、Lets(英国など)とか交換リング(ドイツ)、sel(フランス)などと呼ばれますが、多角間でバーター取引の決済を行うクラブ制の地域交易システムであるのが特色です。
バーターは二者間で行われるときは売りと買いが同時に実行されねばなりませんから、双方の合意がえられるのはかなり困難です。この困難を解決し、売りと買いが分かれ、ある場所ある時に実行された売りと別の場所別の時の購買がそれぞれ別に成立するようにしたのが貨幣の功績といえるでしょう。しかしバーターでもそれが多角間で成立するとそれが可能になります。
このシステムでは、会員は独自の通貨単位を活用して、「本部」が処理する各会員の口座のプラス、マイナスが変動するもとで決済が行われます。その最大の特色は口座がゼロあるいはマイナスでも購入することができる点にあります。つまり、一種の貸借の多角間相互清算システムともいえるわけです。
地域通貨は取引が会員の相対で行われますから、会員としての連帯感を育みます。また、情報の共有や譲渡が自然に達成されるために、事業活動が地域社会のなかで果たす役割を自覚しやすく、また積極的な評価も受けやすいので、経済活動がコミュニティ再建という社会貢献にもつながっていることが示しやすいシステムともいえます。
通常、地域振興や事業活動に地域通貨が効果を発揮するには、地域通貨を含めた複数通貨建てで取引が行われる必要があります。例えば、ある財が、100円プラス20ポイントとかいう形でです。
こうした貸借の多角間清算システムは、すでに電子ネット利用で多国籍企業などが80年代から広くネッティングをしてきたことからわかるように、電子処理に乗りやすい面をもっています。いま地域IT化の模索のなかで、地域の経済循環を高めるツールとしての電子地域通貨の活用も試みられ始めようとしています。
携帯電話の普及は地域社会にある需要と供給をマッチさせる手段が普及してきたことでもありますから、地域住民は必要なモノを必要な時に要望し、また必要な時に必要な能力やモノの提供情報を提供できる可能性がでてきたのです。こうした携帯電話利用による地域通貨のシステムはWAT清算システムや千葉ピーナッツなど、この国の地域通貨の取組のなかで順次採用され始めました。
複数通貨建て取引(混合取引)システムの事例
たとえば外国の先進事例のなかでは、スイスのデュアルカレンシー・システムを利用した銀行がよく知られています。地域通貨のもっとも成功している事例としてのスイスのヴィア銀行(WIR Bank)です。地域通貨の取り組みであるのに、なぜ銀行になっているかというと、国民通貨のスイス・フランも扱うところまで成長してきましたので、スイスの銀行法上の銀行にもなっているわけです。
WIRは60年以上の歴史をもち、スイスの中小事業者の2割弱が加入する事業規模にまで達しています。WIRが採用する複数通貨建て取引が地域の経済循環を高め、国民通貨を地域内に止め、流出しない資金が循環する概念図を下記に示します。
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ここでの特徴を簡単にみてみますと、
- 外部通貨を内部循環させる。
- 会員企業は、WIRが交換リングであるため、会員間取引で地域通貨WIRが使える。
- そのため、会員は
- 購入からはじめることができる(会員はWIR口座とSF[スイス・フラン]口座をもつ)
- WIRは多角間清算の仕組みである
- したがって個人がクレジットを発行する
- 会員制(75年からWIRBANKは信用サービスを開始。会員にWIR建て融資を行うことでWIR会員間でのWIR購買力増を計っている)
- WIRインフォーメーションによる販促効果がある(会員間での情報交換が密に行われる)。
- 現在はWIRカードによって取引が格段に便利になり、取引増につながっている。それまでは支払指図書(BA)を使っていた。
ということになります。
要するに資金の流れを変換させ、地域社会での資金循環が活発化することで、同時に、会員内、地域内で資源を循環させるシステムともなっています。会員は相互に供給者になると同時に需用者となり、地場の経済の自立度を高め、それがまた個々の会員企業に利益をもたらしています。こうした自己完結性が地域経済の基礎に形成されると、その地域経済は経済変動の影響を受けにくい強靱さを手に入れていくことになります。
地域意識の高揚と地域資源の有効活用を促進
こうした会員制のシステムを地域社会がもつようになると、地域意識の高揚、地場産業の尊重、地域経済の課題への注目、地域の埋もれた資源の活性化への関心が高まります。なによりも、地域通貨のネットワーク自体が地域の経営資源であることが気づかれます。そして地域内にあるニーズの掘り起こしも行われます。
なぜなら、WIR型のシステムでは会員はよりいっそうのメリットを会員が得ようと考えるとより多様な会員の勧誘が必要ですから、それを会員自らが行おうとするインセンティブが常に働くシステムとなるわけです。地域に深く関わればかかわるほど、会員企業のビジネスも成果をあげ、それがまた地域経済に好まし影響をもたらします。
つまり、共存共栄の利益が地域内に眠るシーズや可能性を育てようとの動機づけを強くし、そうした意識を育むからです。そのための、信頼と連帯のネットワークとしての地域通貨のシステムは十分な可能性を秘めているでしょう。
さらに、地域内でのヒト、モノ、カネ、情報の循環促進は、取引コスト、情報コスト、物流コストの削減効果が得られ、地場産業の経営効率増大に貢献します。それは同時に、環境への配慮という時代の流れにも沿うことになります。
ここにみてとれるのは地域のどのような参加者にも、金銭上の利益をもたらすばかりでなく、社会的なリターンがもたらされるということです。そして、社会的なリターンへの関心の高まりが地域通貨によってもたらされ、それが同時に個々の参加者に収益をんもたらすという関係が成り立つのです。
地域社会の崩壊は事業者にとっても看過できないものです。地域社会によってその事業がなりたっているからです。コミュニティの再建があって初めて事業者も存立しうるし、社会からの報酬がえられるためには社会への貢献が必要であり、それが事業上の収益にもつながるというわけです。
地場経済のなかで大きな役割を果たしてきた地場の銀行にとっても、この事情は無視できないものでしょう。WIRのように地域通貨の口座管理を直接処理し、システムを運営するか、あるいは地域通貨団体を支援することで、地域事業者との関わりを深め、他行との競争上有利な地歩を築くこともできるからです。そのことがまた地域経済への貢献でもあることで、地域社会の利益が同時に自社の利益であることが確認できます。
また円貨の取引につき固定した顧客をもつことで、経営基盤の強化、また地域産業への投資(地域内再投資の流れを担う)を積極的に行うことができます。これは地域社会での高い評価にもつながりましょう。こうした事情は、米国では、CRA「地域再投資法」や社会的責任投資、コミュニティ・バンキングに熱心な銀行が地域通貨への支援をしている事実などをみるとわかります。
町づくりの面からみますと、各地の地域通貨の取り組みが商店街などで進める「町の駅」「ひとの駅」のようなプロジェクトを推進することで、住民の顔が見える関係が再建され、町とそれを作る人々のもつ多様な情報へのアクセスを容易にし、それがひいては、商業の振興につながっていくことが観察されます。
こうした地域通貨が進めるリアル・ポータルの実現が電子ネットワーク上のポータルサイトと連携されることで、地域通貨のe-システム化と同時に地域通貨システム自体がもつ利点を地域IT化戦略のなかに組み込んでいこうとする試みが始まっています。
WIRの場合は、現在、電子処理できるWIRカードを使用(スイス・フランとWIRを併用できる)していますが、我が国の場合、すでにスマートカードのようなICカードで国民通貨に関わるあらゆる処理が可能であると同時に地域通貨の処理も可能なシステムが開発されています。地域通貨のシステムを取り組むことで、こうしたシステムのローカライズが可能であり、それが地域経済の振興という期待にこたえる成果を生む可能性大であるといえます。
実際に神奈川県の大和市のラブスのように全市的の規模でICカードを導入し、地域通貨の取り組みを始めるところがでてきました。また、iモード利用で地域通貨の決済が可能なシステムも複数、開発されているのが実状です。
地域通貨で多様な参画のある地域を
しかし、このような動きのなか、地域通貨はまず、地域住民の連帯した関係を再建しようとするレベルで始まってきたことは、地域通貨がどのように発展していくにしても忘れてはならないことでしょう。地域通貨はグローバル経済の荒波から自分たちの社会や経済を守ろうとする動機に基づいた住民のささやかな、自助的な取り組みから発展してきたわけです。
町づくりに求められるものを考えてみますと、行政からみれば、「町民の活力を生かしていくのが町民にも町にとってもよいことだ」という考えがあります。また、既存の住民組織からみれば、「各町の住民組織も、新たな担い手、新たな活動を求めているし、求められてもいる」との思いがあります。さらに、町民からみれば、「町づくりに参加してもよいとは思うが、面倒」という気持ちがあるのも事実でしょう。
地域通貨の取り組みはどのようなタイプのものであれ、なによりもまず、人の積極性を引き出し、地域社会に信頼のネットワークを作りだしますから、よくいわれる「歩いて暮らせる町づくり」への住民の能動的な関与を引き出しやすい特徴をもっています。住民の積極的な取り組みを多様に、また多層的に表現するさまざまな地域通貨が地域社会に出来上がってくるにつれ、その信頼のネットワークを基礎にして、地域通貨への期待に具体的にかつ実効的に応えうる地域通貨の発展形をうち立てていくことができるでしょう。
多様な地域通貨の取り組みがある地域は、その住民にとって、多様な参画が可能とされる場が用意されることです。住民は各種の団体に多重に参加することも可能ですし、そのことによって自己とその能力を多様な角度から評価されることになります。企業に属している場合はある特定の角度からしか評価されないことが多いものです。
ところが個人が全方位から評価される可能性が地域に存在することは個人の参加と貢献が、その個人に生きがいを感じさせることでもありましょう。個人も地域も無限の潜在力をもっています。それを引き出すのは多様な観点に基づく多様な評価が行われるシステムを地域社会がもっているかどうかにかかっています。地域通貨はそうした力をもつ一つのシステム、手法であるといえるでしょう。
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